よみかく分室課題部屋

1124 １０／２８分、Ｎｏ．１４９「べんとらべんとら」（２４００文字）

2004/10/28(木)23:19 - 名無し君２号 - 18116 hit(s)

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Ｎｏ．１４９－１
題名：べんとらべんとら（２４００文字）

　かたん。
　さな子の鼓膜は、金属がこすれるごく小さな音を捕らえた。
　表にある鉄柵の門が開いた。丁寧かつ品のある、この優しい開け方は――。
　コーヒーカップをテーブルに置くなり、さな子はすっくと立ちあがった。桃色の唇
の両端を、くいっと持ちあげている。
　――お姉さま！
　たたんと畳の上を跳ね、廊下へと飛びでた。靴下で軽く床を磨きながら、ぐっと腰
を落とす。次への体勢を整えた。
　舞いあがった黒髪が、ふわりと白い壁を撫でる。
　猫が獲物に飛びかかる寸前のように、さな子は背を丸めた。前髪のすきまから三白
眼を覗かせる。目線は、奥にある玄関へと注がれていた。
　全身が前に押しだされた。前髪が跳ねあがり、すべらかなおでこがあらわになる。
　玄関に向かって、さな子は駆けだしていた。リズミカルな足音をあげる。
　両足で滑りながら勢いを弱めて、すとんとマットに飛び乗ったとき、ドアノブが音
を立てた。深い色合いのドアが、静かに開いてゆく。
「お姉さま、お帰り……っ」
　満面の笑顔がみるみるくもってゆく。曲線となっていた瞳は元の三角にもどり、唇
は真一文字になった。
「……なさいませ」
「ただいまあ」
　姉のちず子がやわらかな表情を見せた。おでこが見えるように撫でつけられた髪の
先は、制服の襟元にかかっている。かげり始めた太陽の下でも、つややかな髪の色だ
った。
　さな子は、ちず子の肩の向こうを睨みつけていた。
　姉のなで肩の後ろに、Ｙシャツの白が広がっている。中肉中背な胴体に、なんと男
の顔が乗っかっていた。真ん中で分けるという凡庸な髪形に、のろくさそうな太い眉、
高くもない鼻、眼は失礼なことに、きょろきょろと動いている。家のなかを観察して
いる。
　ぎりりとさな子は奥歯を噛みしめた。
　――お姉さまが、男を連れてきた！
　妹の心なんか知らぬように、ちず子はにこにこと背中の男を仰ぎ見ている。
「この子はさな子。私の妹。さな子、こちらはタズサさん」
「よろしく」
　男は控えめな笑顔を浮かべた。会釈のひとつもしやしない。
「……さな子？」
　ちず子の眉と瞳の距離がぎゅっと縮まった。さな子はあわてて頭をさげる。背を真
っ直ぐにしたときには、強ばっていた頬をむりやりに弛めていた。
「はじめまして。田嶋さな子と申します。姉がお世話になっています」
　タズサは、はは、と乾いた笑い声をあげた。
「お世話といっても、すぐそこで会ったばかりなんだけどね」
　さきほどと変わらないしょぼくれた笑顔で、男がとんでもないことを言った。
　なんですと？
　目の鋭さを取り戻すさな子の前で、ちず子とタズサは目配せしあっていた。
　姉がじっと見つめる。
　男はかすかに眉を持ち上げる。
　姉の瞳の強さがゆるむ。
　男が静かに微笑む。頷いた。
「じゃ、タズサさん、どうぞ」
　ちず子は玄関から廊下にあがった。招き入れるかたちに手を開く。押されるように
さな子は脇に避けた。
　目の前を、姉と男が連れ添って歩いてゆく。
　階段を上るふたりを、さな子はじっと見つめていた。いくら耳をすましても、会話
らしき声は聞こえない。
　やがて、扉の開閉音がした。
　静けさのなか、さな子の体がわなわなと震えだす。両の手は固く握りしめられてい
た。震えはどんどん大きくなってゆく。
「なん……のよ」
　唇から何ごとか洩れだしていた。
「なんなのよ……なんだってのよ……」
　ふたりが消え去った階段の奥を睨みあげた。
　すぐそこで会ったばかり？　つまりナンパってこと？
　――お姉さまはそんな安い女じゃない。
　震える体のまま、さな子は階段へ向けて足を踏みだした。

時間：５時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・姉狂いな妹（わはは）→そこそこ
・おっとりすぎてちょっとおかしい姉（わはは）→あんまり
・やっぱりどこか変な男（わはは）→あんまり

■一行あらすじ
　シスコンな少女が、姉が初めて男を家に連れてきたことで暴走するも、勘違いだと
判明してホッとしたのもつかの間、彼が宇宙人だと知って驚く話。なんだこりゃ。

■プロット
・少女、帰ってきた姉を喜んで出迎える。しかし姉は男を連れていた。初めてのこと
  に少女は驚き、とても不快な気持ちになる。そんな少女の気持ちにかまわず、姉は
  自分の部屋に男とふたりきりになった。少女、姉の貞操の危機に焦りまくる。

・少女、こんなこともあろうかと（趣味もあり）、姉の部屋にしかけてあった盗聴器
  で、盗み聞きを開始する。すこしずついかがわしさを増してゆく姉と男の会話。ふ
  たりの会話で増幅された妄想で、少女は発狂寸前になる。

・たまらず少女は姉の部屋に乱入。姉と男はべつに普通の状態で会話をしていた。少
  女は安堵するも、姉にたしなめられて思わず逆ギレ。盗聴のことがバレるのもかま
  わずに会話のことを問いつめる。あっさりと男が宇宙人だと姉は明かす。信じない
  少女に、男は自分が宇宙人である証明をする。少女、驚く。

■起承転結
起：超常マニアな姉が男を連れてくる。姉が大好きな妹は心配でならない。当然の行
動として姉の部屋を盗聴する。
承：だんだん色気づいてゆく会話。たまらず妹は制止するため部屋に飛びこむ。
転：なんにもいかがわしいことは行われてなかった。会話だけで勘違いしたとわかる。
結：めでたしめでたし……と思ったら男は宇宙人だった。妹、驚き呆れる。

〔ツリー構成〕

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