よみかく分室課題部屋

1025 １０００字課題、７／８分、Ｎｏ．１４４「腹がへったら気が短く」（３４００文字）

2004/7/8(木)23:50 - 名無し君２号 - 22247 hit(s)

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Ｎｏ．１４４
題名：腹がへったら気が短く（３４００文字）

　空気が体にへばりつく。気温と体感温度の差が、いちばん悪い方向に傾くのがこの
時期だった。年期の入った木造アパートなのがさらに悪い。建物自体が湿気を取りこ
んで、放そうとしない。空だってずっと曇りっぱなしだった。
　なのに彼らは、開放感あふれる表情で台所から出てきた。
「うっはーっ！　涼しー。たまんねー！」
「ああ……。たまらない……！」
　頭にタオルを巻きつけ、紅潮した顔に喜びをあふれさせているのが山口。長い髪を
びしょびしょに、うっとりと目を閉じているのが瀧川。どちらも汗みどろだった。
　ふたりでひとつの皿を持っていた。載っているのはてんこ盛りのスパゲティに、ひ
とりぶんのミートソース。そっとちゃぶ台の上に置く。同時にほっと息をついた。す
ぐに台所へと戻る。
「うっわ、台所あちー！　むわっと、むわっと来る」
「火を使えば当たり前だろ」
　山口はフォークを一本ずつ、瀧川は粉チーズとタバスコを持って来た。向かいあっ
て畳に座る。山口はあぐらをかき、瀧川は正座になった。
　頭のタオルで山口は顔の汗をぬぐった。また巻きつける。瀧川は滝のような汗をＴ
シャツに染みこませるままにしていた。ちなみに山口の上半身は裸。胸元が濡れて光
る。
「さて、と」
　裸の山口がチーズをふりかけていった。黙ってみていた瀧川の眉が、ぴくぴくと動
き始める。シャカシャカと音を立てる山口の腕をつかんだ。
「おまえ、新たな料理でも作るつもりか」
　ミートソースは黄色に埋め尽くされていた。山口は笑顔で首を傾げる。
「えー？　チーズおいしいだろー？」
「バカ。だったらおまえはチーズだけ食え。ぼくを巻きこむな」
　ちぇー、と唇を尖らせながら、山口は素直に従った。返す刀でタバスコをつかむ。
それを黙ってみていた瀧川の眉が、思いきり逆立った。だばだば振りかける山口の腕
をつかんだ。
「バカ。もうバカったらバカ。なにか、ここはチリか。それともおまえはぼくの知ら
ないパスタ料理を作ろうとしているのか」
「えー？　辛いとおいしいだろー？」
「限度があるだろ。口から火を噴くだろ。そして明日は尻から火を噴くだろ。だから
ぼくを巻きこむなよ」
　山口はぶつぶつ言いながらもタバスコを戻した。瀧川はふん、と強く鼻息を飛ばし
た。
「さあ、食べよう」
「おーう」
　両者ともフォークを握りしめる。同時に突きたてた。かき混ぜ始めたのは山口のフ
ォークだ。瀧川は動かない。
「おい。なにをぐちゃぐちゃしてるんだ」
「えー？　かき混ぜればかき混ぜるほどおいしくなるだろー？」
「おまえは適度とか限度とかいう言葉を知らないのか。辞書に載ってないのか。そも
そも辞書を持ってないのか」
「適度だろー？」
「ど、こ、が、だ」
　ぐい、と瀧川がフォークを引っぱる。スパゲティごと皿が動いた。
「おいおいおい」
　山口は引っぱり返した。皿が戻る。
　ふたりはお互いの顔を見合った。視線が絡みあう。
　互いにフォークを引いた。スパゲティが横に伸びる。ついに皿から持ちあがった。
切れそうになる寸前で、弾けるようにフォークが中央へと戻った。
　いまだ中空にあるスパゲティを絡め取るように、フォークが動いた。ぐるぐる回す
たび、スパゲティもぐるぐる回る。
　ついにスパゲティでボールができあがった。
　ふたりのフォークが動くたびに、ボールも右往左往する。
　山口は鼻の穴を大きく膨らましていた。瀧川は歯を剥きだしにしていた。褐色のボ
ールを持ちあげたまま、両者は荒い息をついている。
　――視線がぶつかりあった。
「うおおおおっ」
「させるか！」
　跳ねあがる二本のフォーク。跳ねあがるスパゲティ・ボール。薄汚れた天井すれす
れまで飛んだ。
　もうふたりはスパゲティを見てなかった。互いの目に映っているのは互いの顔だけ
だった。フォークは相手に向かって繰りだされた。
　金属音があがった。ぶつかりあうフォーク。二度、三度と音は鳴り響く。切っ先は
削れてゆく。
　ふたりは腕を思いきり後ろへと引いた。
　怒声をあげながら腕を突きだす。狙いは顔面につけられていた。
　互いに眼を剥き、互いに顔をひねった。かろうじてフォークは頬を切り裂いて抜け
る。
　ひ、と山口が洩らした。
　うわ、と瀧川がこぼした。
　ふたりとも身をのけぞらした。
　そこでスパゲティは皿に落下する。湿った音を立て、つぶれた。
「……は」
「……ほ」
　山口と瀧川はお互いの顔を見合った。
　そっと頬に手をあてる。指先についた血を見た。
「やべえよ」
「ああ。やばかった、な」
　じっとひしゃげたスパゲティを見やる。ぐちゃぐちゃと絡みあい、どう見ても食欲
をそそらせてはくれなかった。
「空腹は、まずいな」
「おーう。はらぺこは駄目だ。むかつきやすくなる」
「じゃ、さっさと腹を膨らましてしまおう」
「うっし」
　フォークを突き刺し、お互いに引っぱった。スパゲティが楕円になった。互いにフ
ォークを持ちあげる。またもや視線が交錯した。梅雨の空気が、一段と熱気を増した。

時間：５時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・バカふたり組（わはは）→あんまり
・バカ行動（わはは）→あんまり
・スパゲッティーの取り合い（どきどき）→そこそこ

メモ
■一行あらすじ
　男ふたりがスパゲッティーを取り合い、あやうく殺しあうところまでいってしまっ
て、あわてて気を落ち着けるまで。

■プロット
・梅雨、アパートの一室。ふたりの男が一緒に暮らしている。昼下がり、腹がへった
  ので、ふたりでスパゲッティーミートソースを作った。（調理過程は面白そうだけ
  ど省略）
・ちゃぶ台に置かれたスパゲッティー。粉チーズの量でまず言いあい。かき混ぜ方で
  言いあい。食べ方で言いあい。すこしずつテンションを加熱させる。
・スパゲッティーの取り合い。塊になったスパゲッティーが行ったり来たり。ぶつか
  り合うフォーク。数度交錯。最後は互いの顔面にフォークを繰りだし、頬をかすめ
  る。流血。痛みに互いに我に返る。
・危なかったと、ふたり胸をなで下ろす。気を取りなおして食事再開。また取り合い
  が始まって終了。

■スパゲッティーの取り合いシーン、詳細
・Ａがフォークでスパゲッティーをごっそり取る。Ｂが取り返す。Ａ、再度もってい
  く。Ｂ、また取り返す。睨み合う。
・互いに思いっきりスパゲッティーをつく。ひっぱる。かき混ぜる。パスタ玉が完成
  する。一緒に持ちあげる。空飛ぶパスタ玉。
・浮いたパスタ玉を狙ってフォークを突き刺す。ぶつかり合い、金属音を立てる。跳
  ねあげる。もう一度パスタ玉が飛ぶ。
・浮いている間にフォークのぶつけ合い。勢い余って、怒声をあげながら互いに顔面
  を狙う。間一髪避け、頬を切り裂く。はっと我に返り、退く。
・パスタ玉が落下する。ここで区切り。

〔ツリー構成〕

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